IKAROS_0.0


太陽の当たらない暗い地面の底で、私はただひたすら、「あるモノ」を作っている。



西暦2033年。

果たしてどれ程の人類がまだこの星に生き延びているのか私は知らない。

数年前、突如として出現したXXXXX[アクセス禁止事項]の脅威により、この世界は瞬く間に滅びようとしている。

人は為すすべも無く、ついには宇宙へ逃げようとした人々の乗った巨大船もすべて撃ち落されたと聞いている。



私は科学者である。宇宙を構成する物質のうち、ある3つの素粒子を融合することでこれまでに存在しなかった莫大なエネルギーを放出する人工物質を発生させることに成功した過去を持つ。

【トリニティー理論】と名付けたその研究の功績により、私が学会から大きな賞賛を得たのは世界がこのような姿になる少し前のことだった。

学会も、メディアも、世間の人々も、私の研究に沸き立った。【トリニティー理論】の発見により、この星の資源枯渇や環境破壊という問題はすべて解決する。新しいエネルギーの出現により、もうずっと停滞していたあらゆるテクノロジーは飛躍的にに進歩するだろう。


そして、【トリニティー理論】は私の大きな目標を実現するためにも不可欠なものであった。

誰もが一度は夢に見たことがあるであろう、しかし「そんなものは不可能だ。」といつしか皆が諦めてしまうもの。


皮肉なことに、世界がこうして滅びかけているからこそ【トリニティー理論】を発展させた私の研究はこうして誰もいない真っ暗な地下施設で、ひっそりと、しかし着実に前進している。



XXXXX[アクセス禁止事項]の前に、当時のどの国家も、軍事組織も、無力であった。

「奴ら」は我々の歴史のある時点から確実に存在していた。そして長い年月をかけてこの世界に音も無く根を張り巡らせ、今日に至るまで機会を伺っていたのだろう。


権力者たちはまず「奴ら」を軍事力によって撃破しようとし、それが不可能だと悟ると、一目散にこの星を脱出するための船の建造に取り掛かった。もちろん、その主力となる推進エネルギーは私の研究によるものからだった。


私は船の建造への協力を要請された。しかし、私はそれを拒否した。あの日のことは今でも決して忘れない。私が最後に出席した、権威ある国際会議での出来事だ。


「もう我々にはXXXXX[アクセス禁止事項]に対抗する手段は残っていない!!科学の粋を集めて船を作り、早くこの星から脱出するのだ!!」

「そうだ!!このままでは終わりだ!!」


権力者たちは口々にそう叫んだ。


「待って下さい。私にひとつ提案があります。」

私はざわめく円卓に向けて言い放った。


「本当にこのままこの星を棄ててしまってもいいのでしょうか?それは我々の敗北を意味するのではないでしょうか?まだたった一つ、可能性が残っています。」


人々は一斉にすがるような目で私を見つめた。



「歴史を変えるのです。」


私は大いに語った。

XXXXX[アクセス禁止事項]について多くのことは分かっていませんが、私の調査では、おそらく遡ること2015年の時点でその存在が確認できると推測できます。この時代においては確かに我々にもはや勝ち目はありません。しかし過去に遡ることで、奴らが行動を起こす前にこちらから先手を打つことは可能です。そして、私の研究である【トリニティー理論】は、ただ単に大きなエネルギーを発生させるだけではありません。3つの素粒子が融合する際に生まれる、ほんのわずかな時間と空間のズレを利用すれば時間跳躍、すなわちタイムスリップが可能なのです。つまり、世界がこうなってしまうことを未然に防ぐことが出来る。しかしながら、一つ問題があります。人間をはじめとする生物はこのタイムスリップに耐えることが出来ない。時間跳躍の際に発生するエネルギーによって肉体組織がバラバラに分解してしまうからです。ではどうするか。それに耐えうる強靭な肉体を持つ、人間を超えた何者がタイムスリップすればいい。つまり、アンドロイドを造るのです。


【トリニティー・エネルギー】を使ったタイムマシンおよびアンドロイドの開発。この星を棄てるためではなく、この世界を変えるために、私にはそのふたつの研究を続けさせて頂きたい。」



その日を境に、それまで私をもてはやしていた人々の声は一変した。

「愚か者。」

「夢想家。」

「狂人。」

思いつく限りのあらゆる罵声が私に浴びせられた。


「そんな得体の知れない研究を続けるくらいなら、さっさと脱出船の建造に協力したらどうなんだ!?」

誰からもそう言われた。


人間は、分かりやすく目の前の景色を変えてくれるものに対しては大いに賞賛を贈る。自分への具体的なメリットがイメージしやすいからだ。

【トリニティー・エネルギー】の発見は世間にとってまさにそうだったのだろう。しかし、最初から私にとって大切なのはむしろその先の、「タイムマシンとアンドロイドを生み出す」ことだった。


私は常々感じていた。


時間という、無情で残酷な、決して二度とは戻ってこないもの。

人間という、脆くて不確かであまりにも儚い存在。

何故、神と呼ぶべきこの宇宙の法則を生み出した「何か」は、我々にこれらを与えたのか。


もしも我々がこのふたつを超えることが出来たなら、どれほど何千何万何億とこの星に重ねられてきた不幸を取り除くことが出来ただろうか。


タイムマシンとアンドロイドは、私が追い求める理想を掴むための、それぞれたった一つの方法だった。


そして私は【トリニティー・エネルギー】の功績で手に入れた私財のすべてを投げ打って、こうして地下深くににみずからの研究を完成させるための研究所を建設したのだ。



ここは暗い。

実際のところ、タイムマシンはもうほぼ完成している。三角形に組んだマシン本体にトリニティー・エネルギーが満たされればいつでも稼動させることが出来る。ただ、時間逆行を可能にするだけの莫大なエネルギー量を蓄えるには後数ヶ月はかかるだろう。


地上はどうなっているのだろうか。後どれくらいの人類が生き残っているのだろうか。


そして私は今、アンドロイドの方の開発に全力を注いでいる。

人間と変わらない緻密な動作も、「奴ら」に対抗するだけの力も、トリニティー・エネルギーを駆使することで実現可能な段階に押し進めるすることが出来た。


後は「心」。

すなわち、人工知能システムを完成させるのみ。開発も最終段階なのだ。


私は悔しかった。

確かに、人生を懸けて追求してきた研究そのものは大いに評価された。

しかしながら、その根本であった私の信念と呼ぶべきタイムマシンとアンドロイドへの情熱は人々には理解されず、必要とされなかった。このような危機的状況において私の信念こそが世界を救えると信じていたのに、誰からも蔑まれ、手のひらを返したように人々は私から去っていった。


だからこそ私はこの地下に潜ったのかもしれない。

「奴ら」だけでなく、「世界」からも逃げ出すために。

大切に抱えてきた私の信念を私自身が疑うことのないように。


もうすぐ、もうすぐなのだ。



だけど、私の生命維持装置のランプはもうとっくの前から赤く点滅している。


私の身体が病に冒されていることは、ずいぶん前から気付いていた。地下に潜ってしばらくしたころにはすでにその予感はあった。

この研究所には十分な医療設備は備わっていない。開発を中断し、もしそんなものがまだ残っていればの話だが、地上に戻り適切な治療を受ければ、あるいは助かるのかもしれない。


だが、私はそんなことよりも少しでも早くこのアンドロイドを完成させたいと思う。

私が夢に見た、こうありたいと願う理想の姿。


古い神話に、あるひとりの男の物語がある。

蝋で固めた鳥の羽で翼を作り、空へ飛び立った男。しかし、彼は空高く飛びすぎたあまり、太陽の熱で蝋が溶けて翼はバラバラになり、墜落死してしまった。

もしも、もっと低く慎重に飛んでいれば、彼は死ぬこともなく、ずっと飛び続けていられたのだろう。


だがしかし、きっと彼は目指したかったのだ。頭上にそびえる太陽を。

力強く燃えさかり、大地を照らすあの太陽への憧れを、彼はどうしても捨てることができなかったのだ。


そして私もまた、己の理想という太陽を目指して羽ばたく翼なのだろう。

その先に待ち構えるものが破滅だとしても、私はただひたすら太陽を目指し続けていたいと思うのだ。


まもなく人工知能の最後のプログラミングが終わろうとしている。

後は、私の知識、経験、そして信念のすべてを移植したこのデータを、アンドロイド本体に移植するのみだ。


そう、このアンドロイドはこれから時を超え、たった一人で見知らぬ過去の時代で私と同じように孤独に闘うのだ。

この時代の誰からも望まれずに、それでも生まれてくる私自身の意志を受け継ぐ私の分身。

アンドロイドよ、お前の心には、決して消えることない炎を宿そう。お前という太陽を目指すことが、私の人生そのものだったのだから。

これから幾度と無く訪れるであろうお前がくじけそうな時は、どうかその胸の炎を思い出して欲しい。



そうだ、システムの最後に打ち込むプログラムはこうしよう。


命を燃やせ”



時間だ。

いよいよ私の願いが叶う。

同時に、生命維持装置はけたたましくアラームを鳴らしているようだ。


私の命も終わり、新しい私へと繋がれてゆく。

最後に、私は翼を持つ男の伝説になぞらえて、お前の人工知能をこう名付けよう。







『人工知能システム「IKAROS」、起動します_。』


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